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進藤首席領事のスピーチ 講演会領事館案内
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パサデナセミナー会における、進藤雄介首席領事の「イスラム世界と西洋」と題する講演
  (2010年11月29日掲載)

(日本語版)

 11月21日、小東京において開催されたパサデナセミナー会において、進藤雄介首席領事が「イスラム世界と西洋」と題する講演を行いました。その内容は、以下のとおりです。

  1. イスラム世界と西洋をめぐる最近の動き

最近、米国では、9.11テロ事件で倒壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡地グランド・ゼロ近くでのモスク建設計画、フロリダ州の教会の牧師によるコーラン焼却デモ計画、全米公共ラジオ(NPR)の記者が、「飛行機に乗ったとき、イスラム教徒の服装をし、自らをイスラムだと明確に認めている人たちをみると、私は心配になり、緊張する」と述べ、解雇された件など、イスラム教をめぐりさまざまな出来事が生じている。オバマ大統領は、2009年6月にカイロでイスラム教との和解を呼びかける演説を行い、また2010年11月にジャカルタでも同様に「米国とイスラム教徒との新しい始まり」を呼びかけたが、キリスト教世界とイスラム教世界の対立が深まりつつあると指摘する専門家もいる。

  2. イスラム教について
(1)イスラム教徒の数は、正確な数は不明だが、12億人程度といわれ、世界の5人あるいは6人に一人はイスラム教徒ということになる。現在は、キリスト教徒の数のほうが勝っているが、ある推計では2025年にはイスラム教徒の数がキリスト教徒より多くなるという見通しがある。これはこれまで世界をリードしてきたと自認する欧米にとっては衝撃的。
世界の国々の中でイスラム教徒が最も多いのはインドネシアであり、パキスタン、インド、バングラデシュと続く。これら4カ国がイスラム教徒の人口が1 億人を超える国である。このように、イスラム教というとすぐにアラブ諸国が思い浮かぶが、人口で見ると、南アジア、東南アジアが多いことがわかる。
(2)イスラム教は、一神教。唯一の神はアッラー。ユダヤ教、キリスト教も一神教。預言者ムハンマドが神の啓示を受けた。イスラム教の聖典は「コーラン」。これは唯一なる神アッラーの啓示の記録。
(3)コーランには、「なんじらの宗教はイスラームである」とある。イスラームの意味は、「帰依すること」、つまり、「絶対的に服従すること」。
(4)イスラム教の考えでは、この世はやがて終末を迎え、死者が復活する日が来る。そして裁かれる。その際、前世での行いなどが問われ、天国に行けるか、地獄に落ちるかが決まる。イスラム教徒にとって「来世」の考え方は重要。皆、天国に行きたい。
(5)コーランの解釈で、「人が何をしなければならないか」をまとめたのが、シャリーアと呼ばれるイスラム法である。これは日常生活すべてを規定する。
(6)イスラム教徒の基本的な義務として、「信仰告白」「礼拝」「断食」「喜捨」「巡礼」の五つがある。その他、豚肉禁止、禁酒、ヴェール、ジハードがある。

  3. アル・カーイダの変遷
アル・カーイダは、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻に対して戦うために集まってきた、イスラム義勇兵(ムジャーヒディーン)への支援のための施設を起源とする。ウサマ・ビン・ラーディンは、1988年に、これまで彼が関与していた義勇兵に対する支援施設を発展解消する形で、アル・カーイダを設立した。
1996年、ウサマ・ビン・ラーディンは、「二聖モスクの地を占領する米国人に対するジハード宣言」いわゆる「対米ジハード宣言」を発出した。「二聖モスク」とは、サウジアラビアにあるイスラム教の聖地であるメッカとメディナのモスクを指しており、この宣言にて、ビン・ラーディンはサウジアラビアでの米軍駐留を批判し、米国やイスラエルに対するジハードを呼びかけた。1998年には「ユダヤ人及び十字軍との聖戦のための世界イスラム戦線」を結成し、アル・カーイダは、アフガニスタン所在のジハード勢力とともに、米国及びその同盟者に対し、軍人、民間人のいずれを標的とすることを問わずジハードを行うことが、それが実行可能な全てのイスラム教徒にとって義務である旨宣言した。
1998年に、ケニア・タンザニアの米国大使館爆弾テロ事件、2001年9月には米国同時多発テロ事件を起こした。2000年1月に計画されていた、いわゆる、「ミレニアム・テロ」は、米国、ヨルダン、イエメンなどがテロの標的となったが、米国の標的は、ロサンゼルス国際空港であった。この事件の容疑者はカナダから米国に入国しようとして逮捕された。
アル・カーイダは現在、ピラミッド型の組織として活動しているというより、「グローバル・ジハード」の思想を呼びかけ、その影響を受けたグループ、個人が各地でテロ事件を起こすというように、アル・カーイダ現象が広がっている、と理解するほうがわかりやすい。

   4. アフガン戦争
現在のアフガン戦争を理解するためのポイントは、(1)タリバンはアル・カーイダとは別の組織であり、「テロ組織」とは性格を異にする、(2)アフガン戦争は多民族国家アフガニスタンで生じている民族紛争の側面があることを念頭におく必要がある、つまり、9.11後に米国はアフガン内戦で劣勢であった「北部同盟」に参戦し、タリバンを敗走させたのであり、タリバンにはパシュトゥン人の民族運動という側面がある、(3)アフガニスタンに大きな影響力を持つパキスタンについての理解が重要である。
タリバンは9.11事件後、米軍の攻撃を受け、パキスタンに逃げ込んだが、パキスタンの連邦直轄部族地域(FATA)はタリバンと同じパシュトゥン人の地域である。次第に、FATAのパシュトゥン人の中にはタリバンの影響を受け、過激化するもの(パキスタン・タリバン)が現れるようになった。
パキスタンには、インドとの対抗上、アフガニスタンに親パキスタン政権を樹立し「戦略的深み」を確保しなければならないという考え方がある。パキスタンとタリバンとの関係には、さまざまな意見があるが、パキスタンをとりまく安全保障環境を理解しなければならない。最近、「タリバンとの和解」が話題になっているが、パキスタンの関与が鍵となる。

  5. 西洋とイスラム教
9.11テロ事件後、西洋とイスラム教徒との間には、相互に、不信、恐怖、誤解、対立が見られる。西側諸国の間で、「Islamophobia」が広まっていると指摘されている。西側諸国の国民の間では、「イスラム教は西洋を敵視している」、「イスラム教はテロを肯定する宗教」、というような誤解も見られる。
ブッシュ前大統領は、テロとの戦いは「イデオロギーの戦い」であると主張した。たとえば、2008年1月のラスベガスでの演説で、「ideological struggle」に8回言及している。このイデオロギーの戦いは、「自由や人権を守る欧米諸国vsそれらを否定するグループ」とされている。同じ月にブッシュ前大統領がアラブ首長国連邦(UAE)で行った演説では、「過激主義者たちは自由を嫌い、民主主義を嫌っている。...彼らは米国を嫌っている。」と述べている。ブッシュ前大統領は、アフガニスタン戦争を「Operation Enduring Freedom」、イラク戦争を「Operation Iraqi Freedom」と呼び、テロとの戦いを「自由のための戦い」であることを強調した。
アル・カーイダは、何故米国に戦争をしかけるのかを声明で繰り返し明らかにしているが、決して、米国が自由、民主主義の国だからというようなイデオロギーを問題にしている、あるいは、米国がキリスト教多数の国だからということではない。アル・カーイダの批判の根本にあるのは、イスラムの地(サウジアラビア、アフガニスタン、イラク)への米軍駐留、パレスチナ問題でのイスラエル寄りの立場である。1979年のソ連のアフガニスタン侵攻を受けて、ムジャヒディン(イスラム過激派)はアメリカと協力しあって、ソ連と戦った、という事実を想起すべき。その当時、ムジャヒディンにとっては、アメリカは「仲間」であった。
オバマ大統領は、2009年6月カイロで演説し、「米国とイスラム教徒との新しい始まり」を呼びかけ、先般の11月のジャカルタでの演説でも、再度、「新しい始まり」に言及した。今後、具体的にどのような行動をとるのか注目したい。
オバマ大統領はジャカルタの演説で「アメリカはイスラムと戦争をしているのではない」と述べた。しかし、イスラム過激派らは、「アメリカがイスラムに戦いを仕掛けている」と盛んに宣伝している。ブッシュ前大統領は、9.11テロ事件直後の2001年9月16日に、テロとの戦いを「十字軍(crusade)」と呼んだ。これは、いまだに、イスラム教徒たちから、アメリカがイスラム教に戦いをしかけているという証拠として挙げられている。イスラム過激派たちは、プロパガンダ作戦(宣伝戦)で盛んにイスラム教徒たちにジハードを呼びかけている。
欧州諸国の中には、最近、移民(特に、イスラム教徒)排斥などを掲げる、極右政党が台頭している国がある。スイスでは、昨年、国民投票により、ミナレット(イスラム教寺院の塔)の建設禁止が決められた。こうした欧州の動き、あるいは、米国でのNYのグランド・ゼロ近くのモスク建設をめぐる議論などは、イスラム過激派により、反西洋意識をあおるきっかけを与えている。
西洋でのIslamophobiaがイスラム過激派により、イスラム教徒たちの反欧米感情の扇動に利用され、それがアル・カーイダのリクルート、勢力増大に寄与し、それが、更なるIslamophobiaにつながる、という悪循環が懸念される。

 
 
 
 
 
 


 



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