名誉領事

令和8年1月1日

当館管轄地域には、2名の日本国名誉領事が任命されています。

ケリー・モア

在フェニックス日本国名誉領事
ケリー・モア氏

ケリー・モア氏は、2004年12月より在フェニックス日本国名誉領事を務めています。
 
オクシデンタル大学を卒業して3か月後の1973年、22歳の誕生日にモア氏は東京に到着しました。渡航の目的は冒険でしたが、同氏の生涯にわたる日本との深い絆の始まりとなりました。当初は1年間日本に滞在し、その後アリゾナに戻る予定でしたが、実際に帰国したのは10年後の1983年でした。
 
来日当初、モア氏は「さようなら」以外の日本語を知らず、寿司を食べたこともなく、豆腐、納豆、豚カツといったものも知りませんでした。箸を使うことも大きな挑戦でした。
 
モア氏は大学卒業以前から教育の分野に携わってきました。大学時代には地元の小学校でボランティア活動を行っていました。来日後も東京で、品川区五反田にある聖心女子大学、文京区茗荷谷にある外務省研修所、新宿区曙橋の国際協力機構(JICA)研修所など、様々な機関で講師を務めました。
 
アリゾナに帰郷してからは、アリゾナ州立大学言語文学科にて日本語の准教授を務めました。またメサ・コミュニティ・カレッジの外国語学部の教員としても活躍しました。1991年から2019年まで、アリゾナ学園(日本語補習校)の校長を務めました。アリゾナ学園は、幼稚園から9年生までの国語、算数・数学、社会科、理科の授業があり、全て日本語で行われています。(アリゾナ学園ウェブサイト:www.arizonagakuen.org
また、アリゾナ日本語教育学会(AzATJ)で活動し、同学会が後援するアリゾナ日本語スピーチコンテストの運営にも携わっています。
 
さらに、日本の芸術や文化を祝う年2日間の祭典であるアリゾナ祭りの理事を務めています。2025年には95,000人以上が来場しました。(アリゾナ祭ウェブサイト:www.azmatsuri.org
 
趣味はガーデニング、ハイキング、旅行です。アジア各地を広く訪れており、特に印象に残っている場所には、日本の長崎、ネパールのアンナプルナ盆地、カンボジアのアンコール遺跡、そして地元アリゾナ州のグランドキャニオンがあります。

また同氏は、日米交流と日米の友好親善の促進に貢献した功績が認められ、旭日中綬章を受章しています。

ケイト・レナード

在サンディエゴ日本国名誉領事
ケイト・レナード氏

ケイト・レナード氏は、数十年に及ぶ日本との繋がりを築いてきた功績が認められ、2012年7月にサンディエゴの名誉領事に任命されました。この名誉領事の職は、サンディエゴ地域における日本人の保護及びこの地域と日本の間のビジネス、文化、学術、防衛の交流の強化が含まれます。
 
1964年の東京オリンピックの直後、レナード氏は、横浜のペンパルと交流を始めました。その後、岡山の姉妹都市交換留学生として渡日したレナード氏は、日本への情熱をさらに深め、サンノゼ州立大学で日本研究の学位を取得しました。1981年、カリフォルニア州の公認会計士の資格とサンタクララ大学の経営学修士号を取得すると、同氏は神戸に移り、日本最大の監査法人事務所において唯一の米国人公認会計士として勤めました。
 
1985年、レナード氏はカリフォルニアに戻った後、国際税務の専門家として活躍しするとともに、サンディエゴ・ティファナ日本協会の会長も務めました。現在は京都賞シンポジウム組織(サンディエゴ)の副会長であり、在日米国商工会議所の活発な会員でもあります。
 
レナード氏は、余暇には家族と過ごしたり、日本語の学習を続けるほか、地元のカーニー・メサ・コンサート・バンドでフルートを演奏しています。同バンドは、これまでに6回、海上自衛隊練習艦隊音楽隊と共にサンディエゴのコミュニティ向けに演奏会を実施しました。

また同氏は、日米交流と日米の友好親善の促進に貢献した功績が認められ、旭日中綬章を受章しています。

LinkedInプロフィール:https://www.linkedin.com/in/kateleonardcpa/