平成30年秋の叙勲

平成31年2月14日

比嘉朝儀氏に対する叙勲伝達

平成30年11月3日に平成30年秋の叙勲受章者が発表され、当館管轄地域からは比嘉 朝儀氏が旭日双光章を受章されました。

比嘉氏は1940年沖縄県中頭郡中城村にて生まれました。普天間高校卒業後、ロサンゼルスに住む叔父の支援を受け渡米。日の出豆腐株式会社で勤務しながら勉学に励み、1970年ウッドベリー大学で国際貿易の学士号を取得しました。その後、ラッキーストア株式会社(現在のアルバートソン株式会社)に入社し、2001年の定年退社まで勤めました。

ロサンゼルス市内の日本語学校「羅府上町第二学園」では計15年間に渡りボランティアとして奉仕しました。期間中には4年間副理事長、3年間理事長を務め、青少年育成及びロサンゼルスの日系コミュニティにおける日本語教育、日本文化の普及に貢献しました。

北米沖縄県人会では5年にわたって会長を務め、沖縄語教室である「カタヤビラ・ウチナーグチ教室」の開講や「高齢者クラブ」の開設、「図書室の設立」を行いました。
2005年に県人会功労賞を授与されたほか、「世界のウチナーンチュ大会」に於いては、米国と沖縄の架け橋の役割を担う「新ウチナー民間大使」へ任命され、県系人社会の発展と、米国および日本国との友好親善への寄与から、功労賞を授与されました。

当地の日本語ラジオ局では「ハイサイ ウチナー」を始めとして、計11年にわたり番組パーソナリティを無償で務め、日系人の日本語維持のため重要な役割を果たしていた日本語放送の運営・維持に大きく貢献しました。番組では沖縄の方言や文化の紹介も行い、特に若い世代への言葉や文化の伝承に尽力しました。

2011年には南加県人会協議会の会長に就任。3月の東日本大震災発生時には、混乱する日系コミュニティの旗振り役として奔走し、米側関係機関と連携する上で中心的役割を果たしました。総額約18万ドルもの義援金を集めたほか、「東日本大震災被災者100日目追悼法要」を始めとし、様々な復興支援イベントで被災地に励ましの言葉を贈り、当地日系コミュニティの団結と復興支援活動に大きく貢献しました。

比嘉氏の叙勲伝達式は、平成31年1月24日午後2時より総領事公邸で行われ、約40人のゲストが出席されました。伝達式終了後にはレセプションが開催され、比嘉氏はゲストの皆様と和やかに歓談されました。また、アル・ムラツチ加州下院議員から比嘉氏の功績を称える表彰状が授与されました。